ウェイド・ジャイルズ(簡体字:威妥玛拼音または韦氏拼音、繁体字:威妥瑪拼音、ピンイン:wēituǒmǎ pīnyīn)は、中国語のローマ字表記システムである。北京で使われている北京語をベースにしている。19世紀半ばにトーマス・ウェイド(Thomas Wade)によって考案され、1892年にハーバート・ジャイルズ(Herbert A. Giles)が編纂した中英辞典などを通じて整理・普及した表記法である。
歴史と普及
ウェイド・ジャイルズは、19世紀後半から20世紀半ばにかけて英語圏で広く使われた中国語ローマ字法の代表的なものの一つです。従来一般的だった南京ベースのローマ字表記に代わり、北京方言に基づく表記を標準化した点で重要でした。20世紀の大半にかけて英語圏の学術書や地図、新聞などで主流となり、多くの中国人名や地名が英語圏にこの方式で紹介されました。
しかし、中華人民共和国が1958年に標準ローマ字として漢語拼音(Hanyu Pinyin)を採用して以来、大陸では拼音が主流となり、ウェイド・ジャイルズは次第に置き換えられていきました。台湾(中華民国)では長らくウェイド・ジャイルズ系の表記が広く用いられてきましたが、近年は標記法の統一を図る動きや国際基準への対応からピンインや別方式への移行が進んでいます。ただし、歴史的文献や人名・地名の慣用表記(例:Chiang Kai-shek、Sun Yat-sen、Mao Tse-tungなど)は現在でも見られます。
表記の主な特徴
- 吸気(有気)子音の区別にアポストロフィ (')を用いる:英語話者に馴染みのない「有気/無気」の区別を、別の子音字を用いる代わりにアポストロフィで示します。例えば、現在よく使われるピンインのping(平)に対して、ウェイド・ジャイルズでは同音をpingと書き、ピンインのp(有気、息を強く出す音)に相当するものはp'ingと表記します(本文でも同様の説明があります)。
- 音節間の結合にハイフンを用いることが多い:複合語や人名の複数音節をつなぐ際にハイフンで区切る習慣があり、これが英語圏に定着した古い表記に影響を与えています(例:T'ai-chi, K'ung-fu など)。
- 子音の表記法がピンインと大きく異なる:ピンインの x, q, j などに相当する音を、hs, ch', chi など異なる組み合わせで表すため、見た目がかなり異なります(学術的な正確さを保つ一方、慣れない人には読みづらい)。
- 声調の表記は必須ではない:正式な学術テキストでは声調記号や上付け数字で示すこともありますが、一般的な英語文献や地名・人名では多くの場合声調は省略されます。
誤用と「バスタード化」された綴り
ウェイド・ジャイルズで重要な役割を果たすアポストロフィは、表記に慣れていない人にはしばしば無視されました。アポストロフィを省略して表記・発音すると、本来の有気/無気の区別が失われ、誤った読み方が定着することがあります。このようにアポストロフィが省かれたウェイド・ジャイルズ表記はしばしば「バスタード化されたウェイド・ジャイルズ」と呼ばれます。
具体例としては以下のようなものがあります。
- 「T'ai chi」(ウェイド・ジャイルズ)→ アポストロフィを省いて「Tai chi」と表記・読まれる(ピンインでは太極拳 = Tàijíquán)。
- 「K'ung-fu」→ 「Kung fu」と表記され、英語で「カンフー」と発音される(ピンインでは功夫 = Gōngfu)。
- 「Mao Tse-tung」などの人名表記は、ピンインの Mao Zedong と見た目が異なるため混同が生じやすい。
実際の使用例と比較
英語圏に定着した多くの古い表記はウェイド・ジャイルズ由来です。例:
- 毛沢東 — ウェイド・ジャイルズ:Mao Tse-tung、ピンイン:Mao Zedong
- 蒋介石 — ウェイド・ジャイルズ:Chiang Kai-shek、ピンイン:Jiǎng Jièshí
- 孫文 — ウェイド・ジャイルズ:Sun Yat-sen、ピンイン:Sun Yixian
学術的には、発音を正確に伝えるためにウェイド・ジャイルズを詳細に学ぶ価値がありますが、国際的な標準としては現在では多くの場合ピンインが優先されます。とはいえ、歴史的文献や古い地名・人名の読解ではウェイド・ジャイルズの知識が役立ちます。
まとめ
ウェイド・ジャイルズは北京方言に基づく古典的な中国語ローマ字表記法で、特に英語圏で長く使われてきました。吸気子音の表記にアポストロフィを用いる点や、ピンインと異なる子音の表記法が特徴です。現在は多くの場面でピンインに置き換えられていますが、歴史的名称や旧来の表記として今なお広く目にすることがあります。アポストロフィの省略による誤読(いわゆる「バスタード化」)には注意が必要です。