西パンジャブ州は、1947年から1955年まで存在したパキスタンの旧州である。西パンジャブ州は、1947年から1955年まで存在したパキスタンの旧州で、現在のパンジャブ州とイスラマバード首都圏の大部分を含む160,622平方キロメートル(62,017平方マイル)の面積を有していましたが、かつての王子領であったバハワルプール州は含まれていませんでした。首都はラホール市で、州は4つの部門(ラホール、サルゴダ、ムルタン、ラワルピンディ)で構成されていました。東はインドの東パンジャブ州、南はバハワルプール侯国、南西はバローチスターン州とシンド州、北西はカイバル・パクトンフワ州、北東はアザド・ジャンムー・カシミール州とオキュパイド・カシミール州と接しています。

成立と歴史的背景

西パンジャブ州は、1947年の英領インド分割(パーティション)により成立した。旧英領パンジャブは宗教的境界に沿って分割され、現在のパキスタン側にあたる部分が西パンジャブ州として編成された。成立直後は大規模な人口移動と暴力が発生し、ヒンドゥー教徒・シク教徒の多くがインド側へ、イスラム教徒がインド側から西パンジャブへ移り住んだ。この時期の社会変動や土地の再編が、以後の行政・経済構造に大きな影響を与えた。

行政区画

州都はラホールで、州は次の主要な部門(ディヴィジョン)で構成されていました:

  • ラホール部門(州都ラホールを含む)
  • サルゴダ部門
  • ムルタン部門
  • ラワルピンディ部門

バハワルプールはかつての王子領(藩王国)であり、西パンジャブ州には含まれていませんでした。

地理と気候

西パンジャブはインダス川流域の肥沃な平原を占め、伝統的に「パンジャブ(五つの川の土地)」と呼ばれる地域の大部分に当たる。主要河川や灌漑網に支えられ、穀物(小麦)、綿花、米などの農業が盛んであった。気候は夏の高温とモンスーンの降雨、冬の比較的乾燥した寒さが特徴で、南部・中央では乾燥傾向、北部や高地に近い地域では気温の変動が大きい。

人口と言語・文化

1947年以降、州の人口構成は急速に変わり、イスラム教徒が圧倒的多数となった。言語はパンジャービー(パンジャブ語)が主要で、南部ではサライキ(サライーキー)方言群も広く話される。都市部ではウルドゥー語が行政・教育・共通語としての役割を果たした。ラホールは文化・教育の中心地として大学・新聞・演劇・芸術の発展に寄与した。

経済と交通

経済は主に農業に依存していたが、ラホールやラワルピンディ周辺では工業・商業も発展した。灌漑施設(運河網)は土地生産性を高め、農作物の増産に貢献した。交通インフラとしては鉄道網と主要道路(グランド・トランク・ロードなど)が州内を結び、原料と製品の流通を支えた。

廃止とその後

1955年、パキスタン政府は「ワン・ユニット(One Unit)」政策を実施し、西側地域の諸州を統合して西パキスタン(West Pakistan)を設置した。これにより西パンジャブ州は廃止され、単一行政区に編入された。その後、1960年代〜1970年代の政治的再編を経て、ワン・ユニットは解消され、今日のパンジャブ州などの現行行政区画が成立した。旧西パンジャブの領域と行政的遺産は、現在のパキスタン・パンジャブ州やイスラマバード周辺の行政・経済構造に引き継がれている。

意義と遺産

西パンジャブ州の短い存在期間は、分割後の国家形成、人口移動、土地制度、灌漑と農業の近代化、都市文化の発展といった面で重要な転換点となった。特にラホールは政治・文化の中枢としての役割を強め、今日のパンジャブにおける中心都市としての地位を確立した。

(注)本文中の行政区画や歴史的名称は1947–1955年当時の編成を基に説明しています。