1055年(MLV)は11世紀半ばにあたる。歴史上は、ユリウス暦で日曜日に始まる平年として記録されている。

概観

1055年の史料は、ヨーロッパと近東の各地で政治勢力が移り変わっていた時期を示している。いくつかの地域では、地元の支配者や軍事指導者が重要な都市や領域への支配を固める一方、宗教機関も引き続き政治や外交に影響を及ぼしていた。同時代の年代記にはばらつきがあり、日付や細部が概算のものもある。

注目すべき動き

  • セルジューク朝の進出 — 1055年、セルジューク朝の指導者トゥグリル・ベグが決定的にバグダードへ入城し、アッバース朝カリフ制へのセルジューク朝の影響力を確立した。これはこの地域におけるブワイフ朝の権威低下を示す出来事でもあった。この変化によってイラクでのセルジューク朝の存在感が強まり、イスラム世界の勢力関係が変わった。
  • 南イタリアでのノルマン拡大 — 1050年代を通じて、ノルマンの指導者たちは南イタリアやシチリアの一部で支配を広げる軍事・政治活動を続け、イタリア半島の勢力図をさらに組み替えていった。
  • より広い政治変動 — 西ヨーロッパからビザンツ圏にかけて、1055年前後の10年間には、地域有力者同士の継続的な対立、王権の変化、そして世俗の支配者と教会指導者との相互作用が見られた。こうした過程は地域ごとに不均一に進み、結果もそれぞれ異なった。

暦の詳細

1055年を「日曜日始まりの平年」とするのは、その時代のヨーロッパの大半で用いられたユリウス暦の慣例に従うものである。この方式での平年は365日(2月29日なし)である。中世の日付を換算する現代の参考資料では、統一のためにプロレプティック・グレゴリオ暦が使われることもあるが、当時の一次史料はユリウス暦で記している。

史料について

11世紀の年代記、編年誌、行政記録は、伝わり方や精度に大きな差がある。多くの個別事件は日付に不確実さを伴い、歴史家は複数の文書資料や考古学資料を比較して年表を再構成する。正確な年代が重要な場合は、最新の研究評価を確認するため専門的な歴史研究を参照するとよい。