内容

·         1 イベント

·         2 ヨーロッパ

·         3 アジア

·         4 出生

·         5死亡

イベント(概要)

1118年は、十字軍国家やビザンツ帝国での君主交代、イベリア半島での領土変化、北中国での女真(後の金)勢力の台頭など、地域ごとに重要な転換が起きた年です。また、聖地で活動した騎士団の成立期としても注目されます(成立年に関しては史料に差があり、1118年説と1119年説が混在します)。以下に地域別・分野別の主な出来事を整理します。

ヨーロッパ

  • エルサレム王国: 1118年4月2日、初代王バルドル(バルドゥイン)1世(Baldwin I of Jerusalem)が没し、バルドル(バルドゥイン)2世(Baldwin II)(ブルゴーニュ出身の伯爵)が王位を継承しました。バルドル2世はエデッサ伯としての経験を背景に、王国の防衛と統治を務めました。
  • 騎士団の成立(時期不確定): テンプル騎士団(後の聖ヨハネ騎士団やその他の騎士修道会とは別)の起源とされる集団が、聖地で小規模な守備・護衛活動を始めたとされるのはこの時期です。正式承認は後年(コンスタンツ公会議での承認は1129年)ですが、創始の動きは1118年頃に遡るとされます。
  • イベリア半島: レコンキスタの過程で、アラゴン王アルフォンソ1世(通称「戦士」)は1118年に重要都市サラゴサ(Zaragoza)を占領しました(征服の年は1118年12月とされる)。これにより、ムスリム勢力からの領土回復が進み、アラゴン王国の勢力圏が広がりました。
  • ビザンツ帝国: 1118年8月15日、アレクシオス1世コムネノス(Alexios I Komnenos)が没し、長年の統治を終えました。後継はその長子であるヨハネス2世コムネノス(John II Komnenos)で、引き続きコムネノス朝の安定化に努めました。

アジア

  • 北中国と金の台頭: 女真族(後の金朝)は1115年に建国を宣言して以来勢力を伸ばしており、1118年も北方での勢力拡大と対外行動が続いていました。宋朝との緊張関係が高まりつつある時期で、以後の宋金戦争へと繋がる動きが見られます。
  • 日本: 日本では鳥羽天皇の在位期(在位:1107–1123)で、院政や貴族社会による統治・文化が継続していました。地方の武士勢力形成や院政期の政治動向が静かに進行していた時期です。
  • 中国(南宋): 南宋(宋朝)側では、北方の女真(後の金)に対する防衛と外交が大きな課題となっていました。1118年そのものに関する大規模な戦闘記録は限定的ですが、地域的緊張は高まっていました。

出生(主な記録)

1118年の著名な誕生に関する史料は限定的で、現存資料に明確に記される大人物の誕生は少ない年です。地方領主や修道士、宗教的人物など、各地の系譜や修道院史に散見される個人の誕生記録は存在しますが、広く知られる王侯・皇族クラスの確定的な出生記録は多くありません。

  • 注:中世前期は出生記録が不完全であり、後代の年代推定に頼ることが多いため、「1118年生まれ」と確定できる人物は限られます。

死亡(主な人物)

  • バルドル(バルドゥイン)1世(Baldwin I of Jerusalem):エルサレム王国初代王。1118年4月2日没。十字軍国家の初期形成に大きな役割を果たしました。
  • アレクシオス1世コムネノス(Alexios I Komnenos):ビザンツ皇帝。1118年8月15日没。コムネノス朝の創始者として帝国内の再建と西欧・十字軍との関係調整に努めました。
  • その他、地方領主や宗教界の人物など、地域史に名を残す人物の死亡が記録されていますが、全国的に広く知られる大物は上記2名が特に重要です。

補足と注記

  • 年表に挙げた出来事の一部(例:テンプル騎士団の成立年)は史料により年が異なる場合があります。研究史や年代記の差異に注意してください。
  • この年は地域ごとに史料の偏りがあり、特に地方レベルの出来事は発掘史料や地方史の研究で初めて明らかになることが多い点に留意してください。