ヒラリー・ダイアン・ローダム・クリントンHillary Diane Rodham Clinton、1947年10月26日生まれ)は、アメリカの政治家で、2009年から2013年まで第67代米国国務長官を務めた。クリントンは2016年の選挙民主党の米国大統領候補となり、元米国上院議員、元米国ファーストレディー、アーカンソー州ファーストレディーとしても知られている。

生い立ちと学歴

1947年にイリノイ州シカゴで生まれ、パークリッジで育った。1969年にウェルズリー大学を卒業し、1973年にイェール大学ロースクールで法務博士号を取得した。イェール在学中にビル・クリントン(のちのビル・クリントン元米大統領)と出会い、1975年に結婚した。娘のチェルシーは1980年に生まれた。

初期の活動とファーストレディ時代

弁護士としての初期のキャリアでは、子どもや地域社会を支援する組織で活動し、1974年にはウォーターゲート事件の下で下院司法委員会の支援スタッフとして働いた経験がある。アーカンソー州では州の弁護士事務所や政策組織で活動し、同州ファーストレディとして地域福祉や教育問題に取り組んだ。1993年から2001年のビル・クリントン政権では米国のファーストレディとして、医療保険制度改革案の取りまとめや子ども・家族問題への取り組みで中心的役割を果たしたが、1993年の医療改革案は成立しなかった。

上院議員と2008年大統領選挙

2001年から2009年までニューヨーク州選出の米国上院議員として勤務し、2006年に再選された。元ファーストレディとして連邦閣僚級の職に就いた初の人物でもある。2007年からは2008年の大統領選に向けて立候補し、2008年の新大統領選挙では、彼女は候補者として争ったが、同年の予備選では競争相手のバラク・オバマに敗れた。

国務長官(2009–2013)

2009年、バラク・オバマ大統領の下で第67代国務長官に就任し、2013年まで務めた。国務長官としては「スマートパワー」を掲げ、外交における女性の権利擁護や経済外交を重視した。任期中には、アラブの春への対応やエジプト・リビア情勢、2011年のリビアでのNATO介入とカダフィ政権崩壊、ロシアとの「リセット」政策の試みなど主要な外交課題に直面した。また、2012年9月のリビア邦人保護に関するベンガジ事件(駐リビア米領事館襲撃)に関する議会での審査や注目も浴びた。

2016年大統領選挙

2015年4月、クリントンは再びアメリカ大統領選挙に出馬する意向を表明した。民主党の大統領選では、クリントンはバーモント州のバーニー・サンダース上院議員からの挑戦に直面しつつ予備選を戦った。2016年6月6日には民主党の推定候補になるに足る代議員数を確保してノミネートされ、メジャー政党で大統領候補に指名された初めての女性となった。しかし、2016年11月8日の本選挙ではドナルド・トランプ氏に敗れ、選挙人団での敗北により大統領選には至らなかった(なお、全国得票ではクリントンが多数を得た)。

論争と評価

長年にわたって政策的実績とともに賛否両論を呼ぶ存在であり、ファーストレディ時代から続く高い注目度の下で、国務長官時代のベンガジ事件や、私用メールサーバーの使用に関する調査などがメディアや政治的議論の対象となった。FBIや議会による調査が行われ、2016年の大統領選前後に多く報じられたが、法的処罰には至らなかった。

近年の活動

2016年選挙敗北後は、回顧録や評論、講演活動、慈善活動などを通して公的発言を続けている。2017年には大統領選の経験を綴った回顧録『What Happened』を刊行し、国内外での政治参加や女性のリーダーシップを訴えている。また、クリントン財団や関連する取り組みを通じて国際的な支援活動にも関わっている。

私生活

1975年にビル・クリントンと結婚し、娘チェルシーをもうけた。公私にわたり長年にわたって注目される人物であり、政策家としての業績とともに、アメリカ政治における女性の役割拡大に影響を与え続けている。