ジョン・ハーシェル・グレン・Jr.(1921年7月18日 - 2016年12月8日)は、元宇宙飛行士、アメリカ合衆国の上院議員。NASAの宇宙飛行士として、アメリカ人として初めて地球周回軌道に乗ったことで知られる。宇宙飛行士としてのキャリアを積んだ後、政治の世界に入り、1974年から1999年まで地元オハイオ州選出の上院議員を務めた。1998年、77歳にして2度目の宇宙飛行に成功。宇宙飛行士としては史上最高齢。2015年1月にエドワード・ブルック上院議員が死去したのに続き、2016年12月に死去するまで、存命中の元米国上院議員としては最高齢であった。
生い立ちと軍歴
ジョン・グレンはオハイオ州ケンブリッジ(Cambridge)で生まれ育ち、地元の学校を経てミュスキングム・カレッジ(Muskingum College)を卒業しました。第二次世界大戦と朝鮮戦争ではアメリカ海兵隊のパイロットとして従軍し、戦闘任務や長年の飛行経験を積みました。戦後はテストパイロットとして性能評価や新型機の試験飛行に従事し、その経歴が後の宇宙飛行士選抜につながりました。
マーキュリー計画と大気圏外飛行
1959年、グレンはアメリカ初期の宇宙飛行士グループ(マーキュリー・セブン)の一員に選ばれました。1962年2月20日、乗機「Friendship 7」による飛行で、グレンはアメリカ人として初めて地球を周回した人物となり、約3周にわたる飛行で帰還しました。この成功はアメリカの有人宇宙開発における重要な節目となり、グレンは国内外で広く注目を集めました。
政治家としての活動
宇宙飛行士としての名声を背景にグレンは公職に進出し、1974年にオハイオ州選出の上院議員に当選しました。以後、1999年まで長期にわたり連邦上院で活動し、科学技術、宇宙政策、退役軍人支援、社会保障や安全保障といった分野に注力しました。また、1984年には大統領選挙への出馬も模索しましたが、最終的には党の指名を得られませんでした。
1998年のスペースシャトル飛行(STS-95)と高齢飛行の意義
1998年、グレンは77歳でスペースシャトル・ディスカバリー(STS-95)に搭乗して2度目の宇宙飛行を行いました。このミッションでは高齢者の生理学的変化を調べる実験などが行われ、加齢と宇宙空間の影響に関する貴重なデータが得られました。グレンはこの飛行により、宇宙飛行士としての年齢限界に関する社会的議論を喚起しました。
栄誉・遺産
グレンはその生涯を通じて科学技術と公的奉仕の両面で高い評価を受け、多くの賞と栄誉に預かりました。彼の名はNASAの研究施設にも残され、オハイオ州や全国で記念碑や施設名に用いられています。例えば、クリーブランドの研究施設は彼の名を冠して知られるようになりました。また、晩年には大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)などの顕彰も受けています。
私生活と死去
グレンは家庭人としても知られ、家族と長年を過ごしました。2016年12月8日、95歳でコロンバス(オハイオ州)で死去しました。先に挙げたように、2015年1月にエドワード・ブルック上院議員が死去したのに続き、グレンは亡くなるまで存命中の元米国上院議員のうち最年長でした。
評価
ジョン・グレンは「軍人・宇宙飛行士・政治家」という3つの顔を持ち、20世紀のアメリカ史において象徴的な存在となりました。彼のマーキュリー計画での成功は冷戦期の技術的・国威的意義を持ち、上院議員としての長年の活動は科学技術政策や公共サービスの推進に影響を与えました。高齢での宇宙飛行は、年齢に関わらず科学参加の可能性を示す象徴的な出来事として記憶されています。