端午の節句は、古代中国に由来するお祭りです。昔、作家で政府の指導者でもあった屈原が、国を愛するがゆえに亡くなったことを記念する祭りである。端午の節句は中国の旧暦の5月5日に行われるが、旧暦は太陽ではなく月の変化に基づいているため、新暦の同じ日に行われるとは限らない。しかし、旧暦では季節が大きく異なる13番目の月が加わるので、端午の節句はいつも晩春になる。
起源と屈原(屈原伝説)
端午節(端午の節句)の起源は、楚の詩人で政治家の屈原(くつげん)の物語に由来します。屈原は祖国のために献策したが、政敵によって失脚・流刑となり、嘆き悲しんで紀元前3世紀ごろに汨羅(べきら)という川に身を投じたと伝えられます。人々は屈原の死を悼み、救おうとして船を出し、餅や粽(ちまき)を川に投げ入れたことが、現在の「龍舟(ドラゴンボート)レース」や「粽を食べる」風習の起こりとされています。
中国での習俗と食べ物
- 龍舟競漕(ドラゴンボート):屈原を探すために船を出したことが起源。現在は各地で祭りとして開催され、競漕は地域の重要な行事になっています。
- 粽(ちまき/ズンゾー):もち米を笹や竹の葉で包んで茹でたもの。地域や具材によって甘いもの・塩味のものなど多様です。
- 悪疫除けの習慣:菖蒲(しょうぶ)や艾(がい/よもぎ)を飾ったり、菖蒲湯に入るなどして邪気を払う習わしがあります。
- 2009年には端午節(ドラゴンボート祭)がユネスコの無形文化遺産に登録され、その文化的価値が国際的に認められました。
旧暦と日付について(補足)
前段のとおり端午は旧暦(中国の陰陽暦)で5月5日と定められています。中国の伝統暦は月の満ち欠けを基準に月を定めつつ、季節とのずれを調整するために数年に一度「閏月(うるうづき)」を挿入する暦(太陰太陽暦/陰陽暦)です。したがって、現行のグレゴリオ暦(新暦)では毎年同じ日に当たらず、通常は5月下旬〜6月上旬あたりに当たることが多く、地域によっては「初夏」の行事として扱われます。
日本における端午の節句(端午の節句 → こどもの日)
中国から伝来した端午の節句は日本でも古くから行われ、平安時代以降に宮中や武家社会で節句行事として定着しました。日本独自の変化としては:
- 武家の間で武運や男児の成長を願う行事となり、鎧や兜、人形(武者人形)を飾る習慣が発達しました。
- 江戸時代以降、鯉のぼり(鯉の形の吹き流し)や菖蒲湯、粽(地域によって形や味が異なる)が広まりました。
- 現代では1948年に5月5日が国民の祝日「こどもの日」として定められ、性別を問わず子どもの健やかな成長を祝う日になっています。ただし「端午の節句」は特に男の子の節句としての伝統も残っています。
地域差と現代の意義
端午の節句は中国本土以外にも台湾、香港、東南アジアやベトナム(ベトナム語で「ドアンゴー」)など多くの地域に広がり、それぞれの文化圏で独自の風習が育まれています。現代では伝統行事としての保存とともに、地域コミュニティの活性化や観光資源としての役割も担っています。
端午の節句は古代の物語と季節の習俗が結びついた行事であり、食文化、競技、信仰が混ざり合った多面的な祭りです。由来や各地の習わしを知ることで、同じ「5月5日」の行事でも多様な文化的意義が見えてきます。