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多数派に訴える論証(Argumentum ad Populum)

広く信じられていることや行われていることを真実の証拠とみなす論理的誤謬。構造、例、背景、人気が証拠にならない理由、対応方法を解説する。

概要

多数派に訴える論証は、ラテン語でargumentum ad populumとも呼ばれる、一般的な非形式的論理的誤謬である。ある主張を、多くの人が信じている、または実行しているという理由だけで、真である、正しい、あるいは望ましいと断言する場合に生じる。人気や普及度は、ある考えを身近なもの、説得力のあるもの、あるいは社会的に強化されたものにすることはあるが、それだけで真実性を立証するものではない。

特徴と典型的な形態

この誤謬には、信念が広く受け入れられているから真であると主張する形、「みんながやっている」から行動を促す形、人気があるから製品や政策が正しいと示唆する形など、いくつかの認識しやすい形態がある。販売促進ではこの効果がしばしば利用され、政治的レトリックや社会的議論にもよく見られる。

  • バンドワゴン:取り残されることを避けるため、集団に加わるよう促す。
  • 慣行への訴え:慣習となっていることを理由に、行為を正当化する。
  • 著名人による推奨:有名な支持者の存在を、正しさの代用として用いる。

単純な例はこの論法の弱点を示す。最も売れているからある製品が最良だとすること、多くの同僚が受け入れているから科学上の命題が正しいと論じること、多数派が支持するから道徳的立場が正しいと断言することなどである。日常的な例として、「多くの人が延長保証を買っているのだから、私たちも買うべきだ」という主張がある。人気だけでは、価値、適合性、または真実性は示されない。

起源と文脈

この名称は、妥当な推論を重視する古典論理学の関心を反映している。真実は社会的な支持ではなく、証拠と健全な推論から導かれるべきである。歴史的に、哲学者や修辞学者は説得と証明を区別し、多数意見は経験的な裏付けではなく、伝統、偏見、または便宜を反映しうると指摘してきた。

誤謬である理由と対応方法

人気は傾向や社会規範についての情報になりうるが、理由、証拠、論証の代わりにはならない。効果的に応答するには、独立した証拠を求め、合意を生んだ動機や情報源を検討し、反例を考慮する。群衆に従う実践的な理由(たとえば数の多さによる安全性)と、主張を受け入れる認識論的な理由とを区別することが重要である。

関連する区別

多数派に訴える論証を、統計や調査の正当な利用と混同してはならない。代表性のあるデータは、適切に収集・解釈されるなら、信念の形成に役立ちうる。関連する誤謬には、伝統への訴え(argumentum ad antiquitatem)や権威への訴えがあり、それぞれ正当化の根拠をやや異なる形で誤って置き換える。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com 多数派に訴える論証(Argumentum ad Populum)

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/4954

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出典
  • atheism.about.com : Argumentum ad Populum