ミーゼスLudwig Heinrich Edler von Mises、1881年9月29日 - 1973年10月10日、ニューヨーク)は、オーストリア系アメリカ人の経済学者、哲学者、古典派自由主義者である。生誕は当時オーストリア=ハンガリー帝国のレムベルク(現在のウクライナ・リヴィウ)で、ユダヤ系の家庭に生まれた。20世紀にかけてのオーストリア学派の重要な理論家であり、特に市場経済擁護と社会主義批判で知られる。

経歴と主要著作

ミーゼスはウィーン大学で学び、初期には貨幣と信用の理論に関する研究を行った。主要な著作としては、初期の代表作『The Theory of Money and Credit』(邦訳『貨幣と信用の理論』、1912年)や、社会主義を批判した『Socialism』(1922年)、官僚制の問題を論じた『Bureaucracy』(1944年)などがある。代表作として国際的に広く知られるのは、1949年に英語で出版された『人間行動論(Human Action)』であり、ここで彼は経済学を因果的・演繹的に理論付ける立場を詳細に展開した。

思想の要点

  • プラクセオロジー(行為学):経済学は個々人の行為(人間行動)を演繹的に扱う学問であり、経験的な統計だけでなく論理的に導かれる一般法則を重視する。
  • 方法論的個人主義:社会現象は個人の行為と選択の集合として理解されるべきである。
  • 経済計算論争:ミーゼスは市場価格が欠如する社会主義体制では合理的な資源配分のための経済計算が不可能であり、したがって社会主義は機能し得ないと論じた。この主張はその後の議論と研究に大きな影響を与えた。
  • 自由市場と財産権の擁護:個人の自由な取引と私的財産権が経済的繁栄と自由社会の基礎であると主張した。

亡命とアメリカでの活動

ナチスによる迫害とヨーロッパでの政治的混乱を背景に、ミーゼスは1930年代末から1940年にかけてヨーロッパを離れ、最終的に1940年に移住してアメリカ合衆国に定住した。アメリカでは大学で講義を行い、1945年以降はニューヨーク大学で教えるなどして影響力を保ち続けた。

影響と評価

ミーゼスの理論は、特に自由主義・リバタリアンの思想に強い影響を及ぼした。彼の経済計算に関する批判や自由市場の擁護は、20世紀半ば以降の経済思想・政治思想の議論に重要な寄与をした。リバタリアン運動や、その後のオーストリア学派の研究者(たとえばマレー・ロスバードやイスラエル・キルツナーなど)にも多大な影響を与えている。

評価の多様性

支持者はミーゼスを論理的に厳密な理論家として評価し、社会主義や中央計画の限界を明瞭に示した点を高く評価する。一方で批判者は、ミーゼスの方法論が過度に演繹的で経験的検証と乖離していると指摘したり、現実の制度分析や政治経済学的な複雑性を十分に扱っていないと論じることがある。いずれにせよ、彼の仕事は現代の経済思想史において重要な位置を占める。