アーサー・ホーネガー(Arthur Honegger、1892年3月10日 - 1955年11月27日)は、スイスの作曲家で、フランスのル・アーブルに生まれ、人生の大部分をパリで過ごしました。彼は、ピエール・オーギュスト・ルネらとともに知られる作曲家グループ、レ・シックスの主要メンバーの一人です。ホーネガーを代表する作品の一つが、蒸気機関車の管弦楽曲「パシフィック231」であり、機械的な推進力と雄大さを音楽で表現した名作として広く知られています。
生い立ちと教育
本名はオスカー=アーサー・ホーネガーですが、一般には「アーサー(アーサー)・ホーネガー」として知られています。両親はスイス出身で、家族は後にスイスのチューリッヒに移住しました。幼少期から音楽に親しみ、パリで和声やヴァイオリンを学び、同地の音楽院で研鑽を積みました。その後もパリに拠点を置き、シャルル=マリー・ウィドーやヴァンサン・ダンディらに師事して技術と表現を深めました。
私生活
1926年にピアニストでありパリ音楽院の同級生でもあったアンドレ・ヴォーラブール(Andrée Vaurabourg)と結婚しました。夫妻はしばしば二人で演奏旅行を行い、妻は彼の作品でピアノ・パートを演奏することが多かったと伝えられます。妻との間には1932年に生まれた娘、パスカル(Pascale)がおり、また別に歌手クレール・クロイザとの間に息子ジャン=クロード(1926–2003)がいたことでも知られています。
主要な作品と音楽的特徴
1920年代初頭、ホーネガーは「ドラマティックな詩篇(drame lyrique)」や宗教的な大型作品で注目を集め、合唱団でよく演奏される《ダビデ王(Le Roi David)》などで広く知られるようになりました。さらに、舞台作品としてはオラトリオ的要素を持つ《ジャンヌ・ダルク・オ・ブーシェ(Jeanne d'Arc au bûcher)》なども代表作に数えられます。
ホーネガーの音楽は、基本的に調性がある一方で、しばしば強い不協和音や現代的な和声語法を用い、力強いリズムやオーケストレーションが特徴です。彼は同時代のレ・シックスの仲間たちとは異なり、ワーグナー、シュトラウス、レーガーといったロマン派音楽を好んだことでも知られます。また、対位法や構成においてはバッハの影響を受けており(参照:を受けています)、宗教音楽やオラトリオ的な作品ではその影響が明瞭に現れます。
戦時中以降の活動
第二次世界大戦中、ホーネガーはフランスのレジスタンスに関わりつつも、都市部に留まって作曲活動を続けました。戦時下・戦後を通じて、交響曲や宗教的作品など、より深刻で内省的な音楽を多く手掛けています。とくにスメタナ的な叙情や宗教的深みを感じさせる作品が目立ちます。
鉄道への愛と「パシフィック231」
ホーネガーは生涯を通じて鉄道が大好きだったことで有名です。学生時代にはル・アーブルから電車でパリへ通ったこともあり、その経験や機関車の力学的な動きを音楽で描くことに魅力を感じていました。代表作の一つである《パシフィック231》は、カナダ太平洋鉄道の機関車をモデルにした作品で、機関車の始動から加速、走行、減速までを音楽的に表現した管弦楽曲として1923年に発表されました。リズムの刻みやオーケストレーションによって「動き」を感じさせる点が聴衆に強い印象を与えます(速度の変化や推進力の表現が特に特徴的です)。
晩年と死
1947年に重度の心臓発作を経験してからは創作活動が大きく制限され、以後は作曲の量・頻度ともに減少しました。その後も断続的に作品を発表しましたが、1955年にパリで二度目の心臓発作により没しました。
評価と影響
ホーネガーはレ・シックスの中でも異色の存在と評されることが多く、ロマン派的な広がりと近代的な語法を両立させた作風で知られます。オーケストレーションの巧みさ、劇的な表現力、宗教的作品における深い精神性などが後の世代にも影響を与えています。今日でも《パシフィック231》や《ダビデ王》、《ジャンヌ・ダルク・オ・ブーシェ》などは世界中で上演・録音され、ホーネガーの多様な音楽性を伝え続けています。
- 代表作(抜粋):《パシフィック231》、《ダビデ王(Le Roi David)》、《ジャンヌ・ダルク・オ・ブーシェ》、《交響曲》など。
- 特徴:調性に基づくが不協和や強烈なリズムを用いる、ロマン派的な影響とバロック的な構成の併存。
- 人物像:鉄道愛好、真摯な宗教観、政治状況下での抵抗参加など、多面的な生涯。

