レ・シックス(発音は「ル・シー」)は、フランス語で「6人」という意味で、1920年代のパリで親交があった6人のフランス人作曲たちを指します。1920年ごろ、彼らは若くして音楽に関する多くのアイデアを共有していました。作曲家のエリック・サティは彼らを「Les Nouveaux Jeunes」と呼んだこともありますが、批評家のアンリ・コレが書いた記事で「Les Six」と名づけられて以来、その呼び名が定着しました。

メンバー

  • ジョルジュ・オーリック(Georges Auric, 1899–1983)— 後に映画音楽で活躍。
  • ルイ・デュレ(Louis Durey, 1888–1979)— 政治的に活動的で、グループから距離を置くこともあった。
  • アルチュール・オネゲル(Arthur Honegger, 1892–1955)— 交響曲や管弦楽作品で知られ、代表作に「Pacific 231」など。
  • ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud, 1892–1974)— 複調(ポリトーナリティ)やジャズの影響を取り入れた独自の語法で知られる。
  • フランシス・プーランク(Francis Poulenc, 1899–1963)— 歌や室内楽、ピアノ曲、バレエ曲で高い人気を得た。
  • ジェルメーヌ・タイユフェール(Germaine Tailleferre, 1892–1983)— グループ唯一の女性作曲家で、軽やかで洗練された作品を残した。

音楽的特徴と共通点

「レ・シックス」は明確な単一の様式を打ち出した集団ではなく、むしろ共通の美学的傾向や志向を共有していました。主な特徴は次の通りです。

  • ロマン派や印象派への反発リヒャルト・ワーグナーロマン派の重厚さ、ドビュッシーラヴェルの印象主義的な曖昧さに対して、より簡潔で明快な表現を志向しました。
  • 新古典主義・簡潔さの志向:複雑な対位法や長大な形式を避け、短く、機知に富んだ小品を好む傾向がありました。
  • ポピュラー音楽の影響:ジャズやキャバレー、舞台音楽など大衆的要素を取り入れ、リズムや色彩感を活かしました(特にジャズ好きであったことは有名)。
  • 斬新さと親しみやすさの両立ストラヴィンスキーの影響は受けつつも、難解なリズムや十二音技法のような抽象的手法は避け、わかりやすさを重視しました。

共同制作と代表的な活動

「レ・シックス」は形式的な運動やマニフェストを作ったわけではありませんが、共同制作や同時代の芸術家(たとえばジャン・コクトーやエリック・サティ)との協働を通して存在感を示しました。代表的な共同作業には、グループの名を冠した小品集や、舞台作品への共同参加があります。たとえばバレエ作品「Les mariés de la Tour Eiffel(エッフェル塔の結婚式)」(1921)には複数の構成メンバーが楽曲を提供しました。

各作曲家の軌跡(簡潔に)

  • ジョルジュ・オーリック:映画音楽で顕著な活動を行い、映画界での評価を得た。
  • ルイ・デュレ:政治的立場からグループの一体感からはやや距離を置きながらも、声楽や室内楽などで作品を残した。
  • アルチュール・オネゲル:機械や鉄道を題材にした管弦楽作品(例:「Pacific 231」)などで知られる。
  • ダリウス・ミヨー:ポリトーナリティやリズムの自由な扱いで独自の言語を確立し、バレエ音楽「La création du monde」などにジャズの要素を取り入れた。
  • フランシス・プーランク:歌曲やピアノ曲、バレエ音楽(例:「Les biches」)など、多彩で親しみやすい作品群を遺した。
  • ジェルメーヌ・タイユフェール:室内楽や舞台音楽で活躍し、軽快で洗練された作風を示した。

影響と遺産

「レ・シックス」は1930年代以降それぞれが個別の道を歩み、短期間で解消されていきましたが、1920年代のフランス音楽に与えた影響は大きいです。彼らの姿勢は次の点で評価されます。

  • 20世紀前半のフランスにおける「秩序の回復」や新古典主義の潮流に寄与したこと。
  • ジャズや大衆音楽を取り入れることで、クラシックとポピュラーの境界を曖昧にした点。
  • 映画音楽や舞台音楽など、幅広い分野へ作曲家が進出する道を開いたこと。

まとめると、「レ・シックス」は一つの統一された様式集団ではなく、同時代の芸術的文脈と互いの交流を背景に短期間にまとまった若い作曲家たちのグループです。彼らの共有した価値観—簡潔さ、機知、ポピュラー音楽の受容—は、20世紀フランス音楽の多様性と新しさを象徴しています。