概要

サミュエル・レオ・ロプレスティ(Samuel Leo LoPresti、1917年1月30日 – 1984年12月11日)は、アメリカプロアイスホッケーゴールテンダーで、ナショナル・ホッケー・リーグでの活躍と、第二次世界大戦中の驚くべき生還劇で知られる。NHLではシカゴ・ブラックホークスでプレーし、そのほかにもアメリカン・ホッケー・アソシエーションで、シカゴ・ブラックホークス組織に所属するクラブやセントポール・セインツなどのチームでシーズンを重ねた。

現役時代と特筆すべき記録

ロプレスティは1940年代初頭、北米ホッケーの最高峰である守護神としてプレーした。NHLでの在籍期間は比較的短かったが、ある試合が彼の名をリーグ史に刻んだ。3月4日、ボストン・ブルーインズ戦で、彼は前例のない数のシュートを浴び、60分制のレギュラーゲームにおける相手チームの最多シュート数記録を樹立したのである。NHL以外ではセントポール・セインツにも出場し、AHAのカンザスシティ・アメリカンズでも数試合をこなした。これは当時のプロ選手によく見られた、各地を渡り歩くキャリアの一例だった。

軍務とSS Roger B. Taneyの沈没

第二次世界大戦のさなか、ロプレスティはプロホッケーを離れてアメリカ海軍に従軍した。海軍の乗組員として入隊し、自由貨物船SS Roger B. Taneyで砲手助手を務めた。1943年2月の大西洋横断航海中、この船は敵潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没し、ロプレスティと多くの同乗者は当初戦闘中行方不明として扱われた。この沈没は、第二次世界大戦における海軍作戦の重要かつ危険な舞台であった大西洋の戦いの最中に起きた。

海上での生還

沈没後、ロプレスティとほか28人の生存者は、ひとつの小さな救命艇に身を寄せた。乏しい食糧と飲料水しかないまま42日間漂流し、約2,500マイルを進んだのち、ブラジル沖で発見・救助された。生き延びるための方法はきわめて質素だった。可能なときに雨水を集め、食料はビスケットのごく少量とパン職人用チョコレートの小片に切り詰め、時には1日数オンスの水だけでしのいだ。この試練は、耐久力、航法、士気を試すものであり、生き残るためには即興の工夫が必要だった。

救命艇での出来事の中でも、ロプレスティの機転を示す場面は特に印象的である。近くを泳ぐイルカを見つけた彼は、鞘入りナイフをボートフックに縛りつけて即席の武器を作り、海へ飛び込んだ。彼は体重およそ35ポンドと推定される大型のイルカを捕らえることができ、これは航海中の一行にとって唯一のまとまった新鮮な食料となった。生存者たちはこの獲物を乏しい食事に加え、血を飲み、布切れと燃料で温めた金属容器で調理した肉を口にした。この捕獲が、救助されるまでの最後の数週間を支える助けになったとたびたび語られている。

晩年と遺産

戦後、ロプレスティは民間人としての生活に戻り、アメリカのホッケー界との関わりを保ち続けた。スポーツへの貢献と、その人生に伴った驚異的な生還の物語が評価され、1973年に米国ホッケー殿堂入りを果たした。彼は1984年12月11日、ミネソタ州イヴェレスで心臓発作により死去した。彼の人生は、アイスホッケーでの功績と、海上で極限状況に直面した際に示した勇気と機転の両面で記憶されている。

特筆事項

  • ロプレスティのNHL記録は、1試合のレギュラーゲームとしては異例の負担を示すもので、ゴールテンダーの持久力の例としてしばしば引き合いに出される(生存物語における配給制や物資制約は、運動選手のスタミナと比較されることがある)。
  • 商船での軍務により、彼は大西洋の危険な船団輸送の仕組みに組み込まれていた。SS Roger B. Taneyのような自由貨物船は、連合国の兵站に不可欠だった。
  • この生還劇には、救命艇の緊急事態で典型的な方法と備蓄が含まれていた。雨水の収集、厳しい食料配給、即席の漁や狩りの手法などである(非常食海洋生物との遭遇)。

ロプレスティの時代、プロホッケーリーグの発展、戦時中の商船隊勤務についてより詳しく知るには、アメリカン・ホッケー・アソシエーションの歴史、第二次世界大戦で従軍した選手の伝記、そして彼が晩年を過ごしたミネソタ州イヴェレスのホッケー共同体に関する一般的な記録を参照するとよい。さらに読み進めたい場合は、スポーツ史コレクションや、海難と生存者の証言を記録した国立軍事アーカイブを通じて、資料をたどることができる(人物伝およびスポーツの研究ガイド)。

ロプレスティの物語は、アスリートとしての退役軍人、サバイバル心理、そして20世紀半ばにおけるプロスポーツと軍務の交差を論じる場面で、今も取り上げられている。優れたゴールテンダーとして、また第二次世界大戦の中でもとりわけ劇的な救命艇の物語を生き延びた人物としての彼の遺産は、スポーツ史と戦時の口述史の双方にその名を残している。

関連する詳しいリンクや記録は、専門のスポーツ殿堂、退役軍人団体、歴史資料館などで確認できる。そうした施設は、ロプレスティのような選手が競技と国の戦争努力の両方に果たした貢献を記録している(選手プロフィール、リーグ記録チーム史)。

追加の参考資料とアーカイブリンクとしては、チーム保管資料、海軍勤務記録、第二次世界大戦の作戦概要、そして地域の博物館や殿堂展示が収集した個人史がある(任務上の役割、行方不明記録、救助報告、栄誉)。