アメリカ合衆国憲法修正第14条(修正第14条)は、1868年7月9日に採択された。再建修正条項のひとつである。修正案は市民権と法の平等な保護について述べている。南北戦争後の元奴隷の問題に対応するために提案されたものである。この修正案は激しく争われた。南部の州は、議会の代表権を取り戻すために、この修正条項を批准することを余儀なくされた。修正第14条は、憲法の中でも最も議論された部分の一つである。ロー対ウェイド事件(1972年)やブッシュ対ゴア事件(2000年)などの画期的な判決の根拠となっている。また、1791年に権利章典が制定されて以来、最も重要な憲法修正条項である。
修正第14条の構成と主要条項
修正第14条は主に次の要素から成り立っています(要約):
- 市民権条項(Citizenship Clause):アメリカで生まれた、または帰化した者を合衆国および居住する州の市民とする。
- 特権及び免除条項(Privileges or Immunities Clause):各州は合衆国の市民が享受する特権や免除を侵してはならないとするが、これは司法解釈により限定的に扱われてきた。
- 適正手続条項(Due Process Clause):州は法の適正な手続きを経ずに自由や財産を奪ってはならないと定め、手続的保護だけでなく「実体的適正手続(substantive due process)」として基本的権利の保護根拠にも用いられてきた。
- 平等保護条項(Equal Protection Clause):同じ状況の人々に対して不合理な差別的扱いをしてはならないとする条項で、人種差別や性別差別などをめぐる訴訟で中心的に使われる。
- 執行条項(Section 5):議会はこの条項を執行するために適切な法律を制定する権限を持つと規定し、公民権法などの立法根拠になっている。
歴史的背景と成立の経緯
修正第14条は、南北戦争後の再建期に、奴隷制廃止後の元奴隷の市民権保障と南部諸州の政治的再編成を目的に成立しました。戦後、連邦政府は被抑圧者の権利保護と、南部州が連邦政府の方針に従うことを確保するために、この修正を連邦憲法に組み入れました。批准は南部諸州にとって政治的圧力の下で行われた面があり、そのため成立過程は激しい対立を伴いました。
司法解釈と重要判例
修正第14条は採択以来、数多くの最高裁判決によって解釈され、アメリカの憲法法理に多大な影響を与えてきました。代表的なもの:
- Slaughter-House Cases(1873年):特権及び免除条項の適用範囲を狭く解釈し、以後この条項は限定的にしか用いられなくなった。
- Plessy v. Ferguson(1896年):分離すれど平等(separate but equal)を認める判決であり、のちに覆されるまで人種隔離を正当化した。
- Brown v. Board of Education(1954年):公立学校の人種隔離は平等保護条項に反するとして、Plessyの人種隔離理論を否定し、公民権運動における転換点となった。
- Gitlow v. New York(1925年)など:適正手続条項を通じて、権利章典に含まれる基本的自由のいくつかを州政府にも適用する「選択的適用(selective incorporation)」の理論が発展した。
- Roe v. Wade(判決は1973年):女性の妊娠中絶の権利を適正手続条項の下で保護するとした。※元の記述にある「ロー対ウェイド(1972年)」は訴訟提起年に近い表現であり、最高裁判決は1973年に言い渡された。
- Obergefell v. Hodges(2015年):同性婚を認めない州法は平等保護条項および適正手続条項に反するとして、全国で同性婚を合法化した。
- Bush v. Gore(2000年):大統領選挙の票再集計をめぐり適正手続条項や平等保護条項の解釈が問題となった判例の一つ。
現代的意義と争点
- 修正第14条は州政府に対する市民の権利保護の主要な根拠であり、差別撤廃、選挙権、刑事手続、公教育、婚姻の権利など幅広い分野に影響を与える。
- 立法と司法の双方で継続的な争点が存在する。たとえば、市民権条項に基づく出生地主義(birthright citizenship)の範囲、議会のSection 5権限の限界、平等保護条項を巡る合理的審査基準(厳格審査・中間審査・合理性審査)の適用などがある。
- 特権及び免除条項が限定的に解釈された結果、現代では平等保護条項と適正手続条項が多くの基本権保護の法的根拠として使われる傾向にある。
まとめ
修正第14条は、米国の連邦憲法の中でも最も影響力の大きい修正の一つです。市民権の定義、州の権限に対する個人の保護、そして各種基本的人権の州への適用を通じて、アメリカ社会の法的・政治的構図を大きく形成してきました。判例法の積み重ねにより解釈は変遷していますが、現代においても市民の権利と平等を巡る議論の中心にあり続けています。

