バレエ・リュスは、セルジュ・ディアギレフのバレエ・リュス(Les Ballets Russes de Serge Diaghilev)を正式名称とするバレエダンサーのカンパニーである。20世紀初頭のヨーロッパで、非常に有名になったバレエ団です。1909年に創立され、ディアギレフの死去した1929年まで活動を続け、その後もメンバーや精神を受け継いだ派生団体が世界の舞台に大きな影響を与えました。
歴史と創立
ロシア人のセルゲイ・ディアギレフが結成し、監督を務めたグループである。ディアギレフは優れた興行主(インプレサリオ)であり、伝統的なロシア・バレエの技術と前衛的な芸術表現を結びつけて、当時の舞台芸術に革新をもたらしました。ダンサーの多くはロシア出身でしたが、カンパニーはヨーロッパ各地を巡業し、特にパリでの活動が中心となりました。音楽・舞台美術・衣裳の面で当時最先端の芸術家たちを招聘し、舞台芸術の総合的な創造を行いました。
主な振付家・ダンサー・美術家・作曲家
バレエ・リュスは多くの才能ある人物を輩出・招聘しました。主要な振付家やダンサー、舞台美術家、作曲家には以下のような人物が含まれます:
- 振付家・ダンサー:ミハイル・フォーキン(ミハイル・フォーキン)、ヴァーツラフ・ニジンスキー(ニジンスキー)、レオニード・マシーン、ブロニスラヴァ・ニジンスカ、ジョージ・バランシン など。
- ダンサー:ニジンスキー、タマーラ・カルサヴィナ、アナ・パヴロワ(在籍した時期あり)など、当時の屈指の舞台人が名を連ねました。
- 作曲家:ストラヴィンスキー(《火の鳥》《ペトルーシュカ》《春の祭典》など)、モーリス・ラヴェル(《ダフニスとクロエ》のバレエ版)、エリック・サティ(《パラード》の音楽)やリムスキー=コルサコフ、プロコフィエフらも関わっています。
- 美術・衣裳:レオン・バクスト、アレクサンドル・ブノワ、パブロ・ピカソ(《パラード》の舞台装置・衣裳)、その他当代を代表する画家やデザイナーが舞台を彩りました。
代表的な作品と出来事
- 《火の鳥》(1910年、音楽:ストラヴィンスキー) — 大成功を収め、バレエ・リュスの名声を一気に高めました。
- 《ペトルーシュカ》(1911年、音楽:ストラヴィンスキー) — 舞台表現と音楽の結びつきが高く評価されました。
- 《春の祭典》(1913年、音楽:ストラヴィンスキー) — 前衛的な音楽と激しい振付で物議を醸し、初演時に観客の間で騒然となったことで有名です。20世紀の舞台芸術に大きな衝撃を与えました。
- 《ダフニスとクロエ》(1912年、音楽:ラヴェル)、《パラード》(音楽:サティ、舞台美術:ピカソ)など、画期的な作品が次々と生まれました。
バレエ・リュスの特徴と影響
バレエ・リュスの大きな特徴は、音楽・振付・衣裳・舞台美術を一体化した総合芸術(シアトリカルなモダニズム)を実践したことです。ディアギレフは当時の有名な画家たちに舞台装置のデザインを依頼し、舞台は単なる背景ではなく作品の重要な一部となりました。また、既成の古典バレエの形式にとらわれない実験的な振付やリズム感、現代音楽の導入により、バレエ表現の幅を広げました。
解散後の遺産
ディアギレフが1929年に没すると、オリジナルのバレエ・リュスは解散しましたが、その精神とメンバーは後の多数の団体に受け継がれ、世界のバレエ史に恒久的な影響を残しました。元メンバーによって設立された次世代の団体(例:Ballets Russes de Monte Carlo など)は、さらにクラシックと現代の橋渡しを続け、バレエの国際化と近代化を推進しました。
まとめ
バレエ・リュスは、20世紀の舞台芸術における最も重要な革新の一つであり、振付・音楽・美術のコラボレーションを通して、バレエを現代芸術の中心に押し上げました。セルゲイ(フランス語表記ではセルジュ)・ディアギレフの指導とヴィジョンがあったからこそ、多くの芸術家が結集し、後世に残る名作と劇的な変化が生まれたのです。





