十戒は、聖書に記された、神がモーセを通してイスラエルの民に与えた基本的な道徳・宗教上の戒め(規則・律法)の集合です。十戒は原典の書き方や配列、表現の仕方にいくつかの差異があり、異なる宗教伝統や翻訳で多少異なる「バージョン」が存在します。これらの戒めは石板に書かれていたとされ、古代イスラエルの契約(契約の祭儀)や共同体の倫理規範の中心をなしました。十戒は、ユダヤ教キリスト教、その原則に基づいすべての社会にとって重要な教えとされています。

語源と呼び名

十戒はしばしばデカローグ(ギリシャ語由来の呼称)とも呼ばれます。デカローグはギリシャ語で「十の言葉」を意味する言葉に由来し、この名称は最初に聖書のギリシャ語訳であるセプトゥアギントで用いられたことから広まりました。元のヘブライ語聖書では「十の言葉(עֲשֶׂרֶת הַדְּבָרִים)」などと表現されます。

聖書における記述(出エジプト記・申命記)

十戒は主に二つの箇所に記録されています。ひとつは出エジプト記20章、もうひとつは申命記5章です。両章とも戒めの趣旨は共通しますが、語句の違いや状況説明(出エジプト記ではシナイ山、申命記ではホレブ山と呼ばれる点など)に差があり、古代の伝承や編集の違いを示唆しています。シナイ山とホレブ山は多くの学者が同一視しており、単に別の名称が用いられていると考えられています。

聖書によれば、イスラエルの民はエジプトを出た後、山で神と契約を結び、モーセが神から戒めを受けました(文中に残された伝承では「ファラオのトゥトモセの治世の間にエジプトを去った後、戒めを受けました。」という史的接続が伝えられている伝承もあります)。戒めを記した石板は契約の箱(契約の箱、アーク)に納められ、共同体の聖なる標識となりました。

代表的な配列(例)

各宗派での番号付けやまとめ方は異なります。ここでは一般的なプロテスタントの配列を示します(簡潔な日本語訳)。

  • 第1戒:あなたはわたしのほかに、ほかの神々を持ってはならない。
  • 第2戒:偶像を作って拝んではならない。
  • 第3戒:主の御名をみだりに唱えてはならない。
  • 第4戒:安息日を守り、これを聖とせよ。
  • 第5戒:父と母を敬え。
  • 第6戒:殺してはならない。
  • 第7戒:姦淫してはならない。
  • 第8戒:盗んではならない。
  • 第9戒:偽証してはならない(他人について偽りの証言をしてはならない)。
  • 第10戒:隣人の家や財産をむさぼってはならない(貪欲を戒める)。

ただし、ユダヤ教、カトリック、正教会、プロテスタント間で「どれを何番と数えるか」に違いがあります。たとえばカトリックは「偶像崇拝」と「神の唯一性」を第1・第2戒のまとめ方で区別し、プロテスタントとは番号が異なります。

テキスト上の差異と学術的見解

出エジプト記と申命記の記述には語句や文脈の差があり、聖書学ではそれらが異なる伝承層(口承伝承や編集の違い)を反映していると考えられます。学者の多くは、十戒の成立を単一の瞬間的事件とは見なさず、古代イスラエルの宗教・社会史の中で形成・編集されたものだとする見解を採ります。また、十戒の条項は古代近東の他の法慣習とも比較検討され、類似する道徳規範が周辺文化にも存在したことが示されています。

宗教的・社会的影響

十戒はユダヤ教・キリスト教の教義や礼拝、倫理教育の根幹をなすだけでなく、西洋の法思想や公的道徳の形成にも大きな影響を与えました。教会やシナゴーグでの教育、親子関係や社会倫理を規定する基準として用いられ、政治的・文化的文脈で引用されることも多くあります。一方で、公共の場に十戒の碑を掲げることを巡る論争(政教分離の観点など)も近現代に見られます。

クルアーン(コーラン)と十戒に類する教え

クランにおいても、親への敬意や一神信仰、殺人・偽証・不義行為の禁止など、十戒と共通する倫理的命令が表現されています。ただし、コーランは十戒を石板という形で一覧にするのではなく、個々の箇所で同様の道徳的指示を与える形を取っています。例えばクルアーンのいくつかの章句(例:17:23-39 等)は、両親を敬い、傲慢や偶像崇拝を避けることなどを説き、十戒と重なる倫理的内容を示しています。

まとめ

十戒は、古代イスラエルにおける神と民との契約の核心部分を成す教えであり、複数の聖書箇所に記録されています。表現や番号付けは宗派や伝承によって異なりますが、その道徳的・宗教的な影響はユダヤ教・キリスト教の枠を超えて広く認められています。学術的には、出エジプト記と申命記の差異や近隣文化との比較を通じて、その形成過程が検討されています。